「ひとりごと」アドラー心理学を当てはめて意味を考察

BUMP OF CHICKENアルバム「orbital period」に収録されている「ひとりごと」という楽曲。

最初につけたタイトルが“外の中”だったそうです。そしてわかりにくかったので頭に“心の”とつけたらさらによくわからなくって、「あ、ひとりごとじゃん」ってなったそうです(笑)

“優しさってなんだろう?”という疑問に対して明確な答えをくれる曲と雑誌のインタビューで山崎洋一郎さんは語っていていて、藤原基央さんの考える“優しさ”についての考えがテーマになった曲です。

そしてこの曲の歌詞で言われていることはアドラー心理学ととても共通する部分が多く、今回はアドラー心理学を元に考察していきたいと思います。

※この曲には新しくまとめた記事があります

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アドラー心理学とは?

今回わたしが参考にした本はダイヤモンド社出版の「嫌われる勇気」。

「心理学の三大巨頭」と言われるアルフレッド・アドラー、彼のまとめた思想を「アドラー心理学」と呼びます。
この本はアドラー心理学をまとめた本で悩める青年とアドラー心理学を理解した哲人との会話形式で物語が進んでいき小難しい話などなくわかりやすい例えで楽しく読むことができます。
どうすれば人間は幸せに生きることができるのかという哲学的な問いにシンプルながら具体的に答えています。

優しくなりたいと願うことはひどいことなのか?

人間は他者から受け入れてもらいたい、認めてもらいたい、嫌われたくないなど承認欲求を持つ生き物です。
「他者に優しくする」という行為も承認欲求を満たす一つの手段です。

優しくすれば相手に敵じゃないと思ってもらうことができるし、そうすることで自分も受け入れてもらえますし嫌われることもあまりありません。

しかしアドラー心理学からすれば相手の承認欲求を満たすこと、ここで言う他者に優しくするということは「自己中心的」だと言うのです。

なぜかというと、承認欲求に駆られている人は他者に嫌われたくない、認めてもらいたいなど相手のことを考えているようで実際は自分がどう見られているかしか考えていないからです。

つまり自分にしか関心がない、自己中心的であるというわけです。
「ひとりごと」の歌詞にも当てはまる部分があります。

人に良く思われたいだけ 自分自身を押し付けるだけ
優しくなんかない そうなりたい なりかたが解らない”
“皆良く思われたいだけ 自分自身を売り込むだけ
優しくなんかない そうなりたい 僕が一番ひどい

《人に良く思われたいだけ》そう、藤くんは優しさという行為が自分が周りから良く思われたいという想いからくる自己中心的なものと気づいていたんですね。

だから「優しくなりたいと願う自分」が自分のことにしか関心がなくて自己中心的だから一番ひどい、と言っているのですね。

優しさと言う概念の着地点として望まないことという考えに至ってます。
意図的に行う優しさは自己中心的な偽善であり、相手の知らないうちにその人のためになっているようなことが本当の優しさなんだと。

しかし藤くんは偽善が悪いこととは思っていないようです。



心の外の中とは?

優しさとは自分の中にない、相手の中にもないものだけど確かに優しさは存在する。

“人と人との 心の外の中だけに 在るんだ”

優しさと言う定義をこの言葉で締め括っている。

私が気になったのは外の中という言葉、例えば学校に行くのが嫌だったとします。
その嫌だという気持ちは学校というものを意識して初めて生まれます。

当然ながら学校がなければ学校が嫌だという気持ちは生まれません、つまりそれは自分の心にはないものということになります。
人は何かを意識したときにその対象との間に空間が生まれるのです。

それが外の中ということなのでしょう。
人が誰かに優しくしたい、役に立ちたいってことの行動原理をいちいち突き詰めてたら全部が偽善になってしまうのではないか?

でもその偽善でも優しくされたほうは助かったりして、別に自己利益の為でも誰かが助かったならそれは素晴らしいことであるはずです。

“いじめられている子がいて、それをかばった子がいてそれがどう見ても自己利益のためのものだと。
それにおける行為が優しさではなく偽善だと呼ばれるなら、世の中偽善しかねえじゃんて思ったんですよね。”

 藤原基央
引用:ROCKIN’ON JAPAN 2008 2月号

偽善なのか善なのかって考えなくたって結局はいいことしてるんだからいいじゃん!
ってことになるんです(笑)

歌詞でも言ってるようにもう考えなくたっていいんです。

虹が綺麗だ!オーロラがとても綺麗だ!地球で起こる現象に対して綺麗だという気持ちがいちいち偽善かな?と考える人がいないのといっしょで優しさもそういった現象と一緒で自然発生的なものなのでしょう。

“優しさってものに関してはこういうふうな方法論で
唄にしないと決着がつけられなかったんだと思う”藤原基央

引用:ROCKIN’ON JAPAN 2008 2月号

アドラー心理学と藤原基央の共通点

アドラー心理学における人生の生き方は「今を生きる」というもの。
人生とは線のようなものではなく点の連続であること、線とは点と点を繋いだ後に後ろにできるもの。

藤くんが「俺の前に道はない。俺の後ろに道ができる」という発言をしていますが
これも今という点を繋いだ結果、後ろに線ができたと捉えることができます。

極端に行ってしまえば過去も未来も存在しません、確認できる確かなものはいましかないのです。
藤くんが「今が未来だった頃のこと」と過去と言う言葉を使わずに回りくどい言い方をしているのも“いま”と言うリアルを強調したいのだと思います。

たとえ話をすると、人気のあるバンドになりたいという目的を持って未来に期待を寄せてるとします。
そう思いながら生きることはうまくいっている間は楽しいと思いますが、もし人気のない時期が続いたらそれはとても苦しい状況に変わってしまいます。

しかし音楽を楽しむという目的になれば、音楽が好きであるなら今この瞬間が楽しくなるはずです。
バンプも今の人気を目標にしていたわけじゃないはずです。

音楽が好きだから続けて来れて、その結果日本を代表するロックバンドになったという見方が正しいと思います。
藤くんがアドラー心理学を知っているかはわかりませんが、人生の意味を突き詰めていくと「今を生きる」という境地に辿り着くのかもしれませんね。

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