ここ何年かのバンプの歌詞には「寂しさ」という単語が昔よりもメッセージ性が強く表れている気がします
。
代表的なものは「ray」や「グッドラック」、「宝石になった日」などが挙げられますがはたしてどんな意味を持ってこの言葉を使っているのか考察したいと思います。
寂しいという感情は生きる上で重要な感情だと思う。
でも当然のことながらできるなら味わいたくない感情です。
寂しくなるということはその前までは寂しくなかったということになる。もともと何かを持っていてそれを失ってしまったので持っていた場所にスペースができてしまったものがさみしさだと言えましょう。
心に穴が空くと言った表現もありますが、寂しさがなくなった時は空いていたスペースになにか埋めることができたと考えることもできるでしょう。
“寂しさとは前に進む力”だと思っています。
“寂しいから何かを求める、他者を求める”、これって全然恥ずかしいことじゃないと思うんですよね。
むしろこれができる人ってとても強いんだと思います。
“こんなに寂しいから大丈夫だと思う 時間に負けない寂しさがあるから
振り返らないから 見ていてほしい 強くはないけど 弱くもないから”
「宝石になった日」の一文ですが、前に進む様子が強く書かれています、寂しさがないと前に進めない自分を強くはないと卑下していますが私は強いんだと思います。
“時間に負けない”とは何かを失った過去に浸っていられないくらい寂しさがあるから前に進むことができるという意味だと解釈しました。
私も苦しくて毎日が辛くなるほどの寂しさがあったから以前はあまり更新していなかったブログを書くことができています。
寂しさや苦しさ、辛いことなど不の感情は前に進むエネルギーなのかもしれません。
もしくは心がどこかへ連れていこうとしてるのかもしれませんね。
何かを失って寂しくならなかったり何も感じないということが一番怖いことですね。
“感じる”ことって心があることの証明でもありますし
それが人間を成長させているし人間らしく生きることができる。
「寂しさ」という感情を嫌わずにちゃんと愛そうと私はバンプから学びました。