「supernova」歌詞の意味-超新星爆発が教えてくれた大切なもの-

 

バンプオブチキンの『supernova』。もはやライブの定番であり名曲でもあるこの曲には
歌詞に評判のあるバンプにリリース当時は歌詞のないサビにファンの方が戸惑ったというエピソードがあります。

名曲というものは初めはわからずに時間が経ってそれに気づくということでしょうか?
まさに詩の通りの評価を受けた曲ですね。

今回はラジオでのsupernovaについての藤原基央インタビューを元に歌詞の意味を考察していきます。

※「supernova」は新しくまとめた記事があります

supernovaの楽曲情報と歌詞の意味へ

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藤原基央インタビュー

「supernova」の意味は超新星
大質量の恒星が、その一生を終えるときに起こす大規模な爆発現象のこと

 

藤原さんは超新星爆発のことを知って
地球上で見えてる光は今はもう存在しない星の光が届いていることを人間関係に当てはめて考えていたそうです。

友達が転校したりおじいちゃんおばあちゃんが亡くなったりしたとき改めて大切さに気づくと言ってました。
たしかにそうですよね、いなくなる前も大切なことはわかっているけどそれが無くなって更に大切さが増すと言うか、結局は思い出すことが増えるんですよね。

いないのだからその人に会う方法は思い出す以外ないですよね。
光があるから目に見えるのだから思い出は全部光ですね。

そう考えると人間関係も超新星爆発というのも納得できますよね。
いなくなって思い出という光になって大切さに気付く。

“限界や終わりがあるものごとを一番信用できる”
“みんな生まれた時から超新星なんです”

藤原基央の名言でましたね~!

終わりがないものは信用できない

さっそくラジオの藤原発言から考察していきます。

“限界や終わりがあるものごとを一番信用できる”

“本当”“嘘”だったらどちらを信じますか?

馬鹿げた質問かもしれませんが、当然“本当”を信じますよね。
つまり限界や終わりのあるものは本当のことだと言うことがわかります。

人は終わりがないなら生きる意味がない、終わりがあるから生きることができる。
だって終わりがないなら一生懸命がんばってもずっと続くのかと思ったら嫌になりますよね。

だったら適当に楽して生きていた方がいいですよね、だって死なないんですから

終わりがあるから今を一生懸命頑張れる、今しかできないことに気付ける。
終わりとか死ぬことを知ってるのは人間だけなんですよね。

それって神様から与えられた最高の贈り物だと思うんです。

“本当の存在は居なくなってもここに居る”

“ここ”とは自分の中だと思いますが
思い出に残るものって全部生きてるもの、終わりがあるものなんです。

そもそも終わりのないものは見えないものですからね。
言い換えると自分の心にある思い出は生きている証でもあります。

supernovaのMV

白黒なのが印象的でまるで思い出の昔の映像を見ているような気持ちになりました。
バンプにとっても映っているお客さんにとってもこのMVはとてもいい思い出になったと思います。

白黒にした意図はそれこそ思い出という印象を強めるためで
時間が経った後にこの映像を見れば確かに存在した証になるでしょう。

「supernova」と「ガラスのブルース」の関係性

“僕らの時計は止まらないで動くんだ”

人はいつ死ぬのでしょう?

私は忘れられた時だと思います。

この言葉は
「ONE PIECE」「仮面ライダー電王」「MONSTER/浦沢直樹」でも似たようなことが描かれました。

地球上で見える星の光は何年も前に放たれたもので同じ時間軸にはその星は存在していないかもしれません。
ではその星は今は居ないのでしょうか?

いいえそんなことはありません、その星が現時点で存在していなくても確かにその光は見えている。

これは人それぞれの考え方にもよるでしょうけど私はその星の一部とも言える光を確認できてるのでその星はまだ存在していると思います。
だったら人も死んだりもう会えなくなってしまってもその人を覚えていたり、その人の残したものだと認識できるものがある限り世界に存在してると考えてもいいのではないでしょうか?

“誰かの世界はそれがあって造られる”

私は人を変えられるのは人だけだってずっと思ってて
誰かに道を示してもらって何かを成し遂げて、今度はその人が誰かに道を示して・・・そういう連鎖で世界はできていて、その始まりには必ず誰かがいて・・・

つまり居なくなっても忘れられてしまっても何かしらその人の生きた証というのは人の中だったりモノだったりとして残ってるんですよね。
そう私たちの時計はたとえ死んでしまっても人がいる限り止まらないで動くのです。

一番悲しいのは誰とも関わらずに存在を知られずに死んでしまうことです。

「ガラスのブルース」
猫が星になった後もみんな覚えていて、その猫が残したガラスのブルースを歌いだす。

これって「supernova」で言ってることと同じだと思うんですよね。
私は星になるという意味を魂が星に帰るとかそんな感じに解釈してましたが、本当は超新星のように居なくなってその輝きに気付くとかそんな意味なのではないかと思い始めました。

“昨日よりマシな飯が喰えたなら”

と歌詞中であるように

周囲の人にあまり受け入れられている様子じゃないことがわかります。

でもいつも歌っていた猫がいなくなって大切さに気づいて猫が歌ってた唄を出す歌い出すわけですね。
「ガラスのブルース」はまさに超新星爆発の唄と言っても過言ではないかもしれません。

ラジオ中でも超新星の意味を子供の頃に知ったと言ってましたから
そういう考えからできた曲なのかもしれませんね。



人生をロウソクの火に例える

“延べられた手を拒んだ その時に 大きな地震が起こるかもしれない”

一寸先は闇という言葉があるように、未来は何が起こるかわかりません。
これは藤原発言で言う

人間の一生をろうそくの火に例えて火をつけたら必ず消える可能性が2つできること

①必ず来るであろう寿命
②突然風が吹いて火が消えたり、水を掛けられて消えてしまう突然的な事

ここで言う地震は②の突然的に起こることを意味してると思います。
つまり地震は突然起こる「死」の比喩であることが推測できます。
手を差し出してくれたのに拒んでしまった後に地震が起こってしまう。

あの時掴んでおけばよかったと思っても遅いわけで
結局大事なのは「今」なんですよね。

その時の気持ちでさえいつ終わるかわからない、気持ちを成就させたくてもその気持ちがある今、行動に移さなければ消えてしまうかもしれないのだ。

ろうそくに火をつけたら必ず消える、じゃあ消えないようにするにはどうしたらいいか?
それは簡単で火を付けなければいいわけです。

火を付けなければ消えることはありません。

でもそれって悲しいですよね、消えることはないが火がついてないってことは生まれる前、存在してないってことじゃないですか。
つまり終わりがあることは生きていることや見えていること、その人が光を放ってる証拠でもあるんですよね。

終わりがなければ信用できない、それってつまりこういう意味なんです。
簡単に言うと生きているものは信用できるって言ってるわけですが

直接そう言わずに終わりがあるから信用できるって言われるとなんだか妙に納得できます。

歌詞中に頻出する「本当」の意味は?

“本当の存在は居なくなってもここに居る”

藤原さんはこのフレーズに対してこう答えていました

「いなくなるんですよ、終わるんですよ。そうでなきゃ信用できないでしょ」

本当の存在とは、見えているもの、終わりのあるもの。
見えてるものは覚えていられるので居なくなっても存在しているのです。

「俺には限界がない、終わりがない!」

そんな強がりを言っても誰だって最後には死を迎えることは変えようのない事実です。
無意識的にも私たちは“今”を生きていて、それを掴もうとしています。

この世で確かなものって“今”しかないと思うんですよね

未来はわからないことだし、過去だって嘘をついて語ってしまえば本当のことなんてわからなくなってしまうし、そもそも見たものを100%覚えていられる保証はどこにもありません。

この瞬間の今こそが誰もが共有している本当であり、嘘もつけない紛れもない事実なのです。

過去と未来という対照的なものが重なったものが今
過去-今-未来
男-人間-女
言葉-心-魂
地-空間-天

この世界の法則として全てのものは二元性を持ち対照的な存在があり、真ん中にはそれを繋ぐ真実があります。真ん中にあるものに注目してほしいのですが

「心」言葉と魂を繋ぐものと言うのは私の考えですが、同時に私の伝えたいことでもあります。

心がなかったら言葉って必要ないと思うんですよね。
だって伝えたいことって全部自分の心が動いたものだけですから
適当に合わせて発した言葉以外は全部自分の心を伝えています。

「今度旅行にいこうよ」、「あれおいしそうだよね」、「あいつほんとムカつく」、「昨日こんなことあったんだ」
など普段のなにげない会話でも全部自分の心が伴っている。

こうしてみると言葉は心を伝える為に生まれたと言っても過言ではない。
だったら一人で生きる意味はないということになる。

藤原基央の名言で

“「独りでも生きていける強さ」なんてモノは要らん。リボン付きでプレゼントされても捨てちまうだろうな。独りで生きる意味ってあるのか?俺は孤独には全力で抵抗するよ。いつだって誰かを探すよ。他人が居てこその俺だろう。傷付け合って存在確認だろう。これらを放棄した俺なんて死んでいる様なモンだ。”

人は忘れられた時に死ぬに近いことを言ってますよね
おもしろいことに今、空間、心を認識できるのは人間だけであり心や空間を認識できるのも今だけなのです。

これら全部さっき載せた図の真ん中にくる部分ですね。

歌詞中に何度も出てくる「本当」とは最初、本当の気持ちとかだと思ってましたが
本当は今であり、心であり、人間であると考え直しました。

“本当を伝えたくて”
とは今感じている気持ち(心)
“本当のありがとう”
とは今感じている気持ち(心)
“本当を掴みたくて 本当を届けたくて”
とは今感じている気持ち(心)を掴みたくて、届けたくて
“本当の存在”
とは今であり心でありそれを感じている人間である



「supernova」で伝えたいこととは?

“君”って今までの解釈だと内なる自分、心とかそんなふうに解釈してきましたが
この曲ではそれに加えて“他者”という意味が強く込められているように感じました。

ラジオでも超新星爆発=人間関係と言ってましたしね。
みんな超新星で爆発の最中にあるとも言っていました。

歌詞中で何度も頻出する

“気付くんだ 解るんだ”

この気付くのも解るのも全部“今”ですよね。
こんな感じで歌詞の至る所に“今”という言葉が隠れています。

“本当に欲しいのは思い出じゃない今なんだ”

ここでは包み隠さず欲しいものは今だと断言しています。

結局のところ伝えたいことって“今”なんですよね。

長ったらしく説明しましたがやはり藤原基央の伝えたいことは「今」に辿り着く。

歌詞でさまざまな例を挙げて今の大切さを伝えている。

思い出もとても素敵なことですけど、それだって今が過去になるからこそ作れるものだ。

目標や理想だって今が未来になって初めて手に入るものだし、
誰だって必ず死ぬ、明日地震が起きて死ぬかもしれない。

失うことはわかっている、わかっているから失いたくないんだ。
だからこそ大切なものが生まれるのだ。

何事もできるのは今しかない。

過去や未来は実体がありません、今だけが間違いなく存在する唯一のリアルなんです。

ルララについてはこちらの記事でまとめています⇒BUMP OF CHICKEN用語集

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