BUMP『Butterfly』(バタフライ)歌詞解釈と意味「量産型は何を意味するのか?」

BUMP OF CHICKENの『Butterfly』(バタフライ)はバンプのアルバム『Butterflies』(バタフライズ)に収録されている楽曲です。

大胆にもEDM(Electronic Dance Musicの略)を取り入れたサウンドに関しては賛否両論あったみたいですが歌詞はやっぱりバンプらしさが表れています。

さて歌詞ですが《量産型》という言葉が何回も登場しこの曲のキーワードだと思うんですが、それは一体何なのか?その意味を考察したいと思います。

※この曲には新しくまとめたものがあります

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バンプオブチキンのバタフライ

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楽曲解説

なぜEDMを取り入れたのか?

バタフライが公開されたばかりの頃は「バンプがダンスミュージックを出した」「バンプが流行に乗っかった」などという声が多く上がりましたが、けっして藤原さんが最初からダンスミュージックを狙って作ったわけではありません。

元々キックの4つ打ちを入れておいたところに、歌とメロと相性の良いものを足していくという作業の流れで最終的にこの形になりました。

藤原さんはライブをやる回数が増えたことで、その影響でお客さんと共有できる音楽を求めていたのかもしれないと話しています。

コールドプレイのパクリ疑惑

BUMP OF CHICKENの『Butterfly』はイギリスのロックバンドCold play(コールドプレイ)の『A Sky Full Of Stars』のパクリだという疑惑が上がっています。

聴いて頂くとわかりますが、ほんとにそっくりです。

真偽のほどは定かではありませんが、この曲の他にもバンプはコールドプレイのパクリではないか?と思わせるものが多くあります。

バンプはコールドプレイに影響を受けているのか?

詳しい内容は上の別記事を参照下さい。

ちなみにバタフライのアレンジにはプロデューサーMORさんが関わっています。

歌詞解釈と意味

登場人物

擬人化されているものを含め歌詞中の登場人物を挙げます。

・自分→自分
・気付かないふりした人
・量産型
・君
・涙
・魂

 

自分は私たちそれぞれ個人のこと。自分を比喩することってないと思いますし、一つは基準を決めないと話が進まないので自分=自分とここだけ決めてこれから歌詞解釈しながら他の登場人物は誰なのかもいっしょに考察していきます。

量産型の意味

「量産型」と聞くと私は機動戦士ガンダムの量産型ザク新世紀エヴァンゲリオンに登場するEVA量産機を思い出します。

量産型ザク
エヴァ量産型

見た目が同じ形のものが大量に作られたものをそう呼ぶと思うのですが歌詞での意味は一体なんなのでしょう?
量産型の前後にそれを説明している箇所があります。

1番:全部嫌いなままで 愛されたがった量産型→この心 自分のもの 世界をどうにでも作り変える
2番:あまりにも綺麗だから 愛されなかった量産型→悲しいほど強い魂 どれだけ憎んでも消えない 消せない
ラスト:消えてしまう最後まで 命を歌った量産型→その心 自分のもの 君が見たものから生まれていく

1番で「この心」と言っているので気持ちを表している部分がどういう心なのかの答えになります。

そうすると前文の“全部嫌いなままで 愛されたがった量産型”「この心」と言うことになります。

次に“この心”の「この」はどこを指しているのか?

名詞がくるはずなのでそれも前文にある量産型だということがわかります。

歌詞を翻訳すると「量産型の心は自分のもの」という意味になります。
他人の心を自分のものにすることはできませんから量産型は自分の中にあるものだということも見えてきます。

つまりこれは“誰にも聞こえない悲鳴が 内側で響く”の部分の内側で叫んでいたものの正体が量産型だったということだ。

そうなってくると今度は量産型とは一体何者なのか?という疑問が湧いてくる。

2番を見ると、心の代わりに“悲しいほど強い魂”が出てくる。
なにが悲しいのでしょう?

悲しいと思われる部分は

“あまりにも綺麗だから 愛されなかった量産型”

愛されなかったから悲しい、けれど消えてくれないから強い
つまり量産型とは魂であることがわかってきます。

最初は人間だと思ってましたが、量産型は見た目が同じでなければならないので違いますね。
魂の心と解釈すればキレイに当てはまります。

「魂は人それぞれ違うんじゃないの?」
それだと量産型と言う言葉は当てはまらないと思うかもしれません。

その通りです、魂はひとつひとつ違います。けれどそれは見えないものです。

だから便宜上「魂」と呼ぶしかないのです。魂と言う言葉の量産とでもいいましょうか・・・

人を「人間」という言葉で括ることといっしょですね、みんなそれぞれ違う生き物なのに種族は人間ですよね。

ここでいう量産型とは表面的に見た大量生産されたものという意味だと思います。
内面を覗けばそれぞれ違う想いを持っている。

私の考えは自分と魂を繋いでいるものが心だと思っています。



サナギから蝶に変わる様子

1番とラストの歌詞を見ていただきたいのですが
「この心」「その心」がどちらも量産型の心だとわかります。

ではなぜ1番で「この」だったのがラストでは「その」に変わっているのか?

これは距離感の違いですよね、
「この」
は自分で触れるくらいの距離、1番では内側にあったのだから当然「この」という表現が相応しい。しかも胸に手を当ててるのだから自分で触れられる距離ですよね。

「その」は自分で触れられないけど遠くはない距離で身近なものを指差しできる距離ですね。

飛んだのだから自分で触れられる距離じゃないですよね。

「あの心」だったらかなり遠い距離になってしまいますが、涙が飛んだので自分の周辺くらいを表す「その」が相応しいですね。

◇サナギの部分

いつか知った何かの言葉 重い鎧のように
この体を守るあまりに 動きを鈍くした

言葉がサナギの殻である様子がうかがえます。
同時にそれがありのままに生きることの妨げになっているようにも思えます。

◇蝶の部分

涙は君に羽根をもらって キラキラ喜んで 飛んだ踊った
あまりにも綺麗だから 愛されなかった 量産型

内側にある見えない言葉である魂が心に羽を与えて涙になる様子が蝶を表しています。
そしてそれが綺麗過ぎて主人公は自分にふさわしくないと思って愛さなかったんですね。

でもその涙が自分のものだっていうなによりの証です。
藤原さんが得意とする対比になってますよね、外側にあるのも内側にあるのも結局「言葉」なんです。

虹を待つ人の歌詞にも共通する言葉を壁のように表現する手法。
よかったらこちらもご覧ください、言葉に関すること書いてます。

『虹を待つ人』歌詞解釈と意味

涙の意味ってなんだ?

 

涙は君に羽根をもらって キラキラ喜んで 飛んだ踊った

涙はなぜ流れるのだろう?

感情が関わっていることはみなさん相違ないはずです。
涙って自分の意識を感情が追い越した時に出てくると思うんです。

言い換えると、「感情が自分の表現できる言葉を超えた時」とでもいいましょうか。

目にゴミが入った時など排泄目的の涙以外にこれが当てはまると思います。
嬉し泣き、悔し泣き、苦しくて泣くなど全部です。

例えば映画を見て感動して思わず泣いてしまったということってあると思うのですが。
誰かに感想を伝えると「感動した」と言うしかないでしょう。

本当はそれだけではないはずです、もっと複雑な感情が絡み合って出てきた涙なのに、どう表現したらいいかわからない、もどかしさを感じているはずです。

だからそういったケースにも便宜上「感動した」と量産型的感想を述べるしかないのです。

「孤独の合唱」

“言葉を当てはめたら 壊れるから”

と言ってるのはこういうことですね。

自分の感情に「感動」という言葉を当てはめたから、もっと複雑な言葉だったはずのものが壊れてしまったわけです。

この歌詞の主人公は最後まで自分の内側にある感情を疎ましく思っていて、答えを出してません。

しかし最後までその心を失くさないで運んでいます。しかもそれが上手なやり方だとまで言ってます。
言葉を当てはめなかったから消えなかった、それは代わりに涙に変わって飛んだ。

これって感情を溜めに溜めた結果、自分の言葉を超えて涙が溢れたってことだと思うんですよね。

魂は見えない言葉ですから、その表現できない言葉が自分の言葉を超越して涙に羽を与え飛んで踊った。
つまり「君」とは「魂」だったのだ。

魂はずっと私に織られたくて表現されたくて心を通して私に何かを伝え続けている。

しかしこの主人公は気付かないふりをして、魂に気付いてもらえるのを待っている。
気持ちを消し去りたいと願いながら、どれだけ憎んでも魂は消えないし消せないから
ずっと一緒に想いを連れてきた。

その想いは魂に羽をもらって「涙」という形で表現された。
私の内側で「ここにいるんだよ」って存在を伝えたかったかのようにそうやって外側に出てきて喜んで飛んで踊った。

そう魂は涙を通して自分の存在を知らせたかったのだ。
だから自分がいることの証明でもある涙が消えてしまう最後まで命を歌ったのだ。

まとめ

私は昔、心と魂はいっしょのものだと思ってましたが途中から別物だと気付きました。
藤原基央もという言葉はしっかり区別している。

実は初めてこの曲聴いたときに私も涙を流したのですが

“明日生まれ変わったって 結局は自分の生まれ変わり”

このフレーズで涙を流し同時に鏡を突きつけられ自分と向き合わせられた気分でした。
たとえ生まれ変わってもこの想いは消えないんだ・・・

輪廻転生を信じるかは置いておいて、明日自分が死んで生まれ変わってもずっとこの感情に付きまとわれる、結局は生まれ変わっても同じ魂なのだからこの気持ちが消えることはない。

だったら今、それと向き合うべきなんだ!と本気でそう思いました。
その時流した涙は私の魂がずっとそれを知らせたくて涙に羽を与えて、私に教えてくれたのかもしれませんね。

藤原さんの付けているネックレスにも魂に関することが書かれていましたね。

魂もまた自分を識りたいのであれば
魂と向き合わなければならないであろう(人間もまた同じである)

冒頭で「量産型」がキーワードと言いましたがこうして見ると「涙」も重要なテーマになっていることがわかります。

涙とは言葉になれなかった想いのカケラなのかもれませんね。
私は涙が流れたときになぜか「ありがとう」って気持ちになるんですよね、涙が出ることを無意識に良いことだと感じてるのかもしれないです。

「涙」を蝶に例えるという感性を持ち合わせているのは藤原基央しかいないだろう。
歌詞を紐解いていくとそこにはいつも通りの彼のメッセージが現れる。

やはり彼の伝えたいことは人間の根源的なことなのかもしれない。
売れる曲を作るためにEDMを取り入れたという噂もあるがこの歌詞を見ればそんなこと間違いであることわかる、音と詩を渾然一体にするアレンジがこの「EDM」「Butterfly」なのだろう。

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